太田ヒロさんのこと

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太田ヒロさんのこと 死者とともに生きる

 太田ヒロさんが亡くなった。二〇一六年十二月二十五日。夏には一度恢復し小樽を訪ねてくれ、しばらく会いたくない程に大いに暴れていったので、ライブもそろそろ再開できるであろうと思っていた矢先のことだった。

 幽玄的な音世界とエキセントリックな振るまい、はじめから生と死のあわいに想いを馳せ、日常に一つ一つの作業を落とし込んでゆくやり方は、骨になった今でもなんら変わらず続いていると感じられる。

 肉体の終わりが、私の中の『死』という概念と結びつかないのだ。

 日々の暮らしの中で当たり前とされていること。食事をして仕事をして、ねておきて、目に映るものと魂に感応する事。時間とか空間とか、そもそも其れって、それぞれの人が違って捉えているんじゃないのか?

 『生きている』とされている状態にも、不思議や謎がいっぱい。

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 葬式が始まり程なくして、故人のプロフィールが読み上げられる。

太田ひろ ≠ 太田洋(ひろし)
五十五歳くらいかな? ≠ 六十二歳
札幌出身 ≠ 三重県津市で高校卒業までを過ごす。(ボート部)
北大工学部 ≠ インド哲学

 どよめきというよりは、ズッコケるといった方が近いだろう。とにかく本人が言っていた事と大分違っていて、袋坂ヤスオいわく『嘘というよりは法螺』に包まれていた。実際よりも少し面白くなっているのが一級の法螺吹きに滲み出る実力だろう。

 仕掛け続けてきた小さなトリックの数々は、この不可思議な日常と、芸術空間・音響空間に常に刺激を与えながら橋を渡していたのだと思う。閃きを誘っていたのかな。偶然を定着させて身近に置き、友人にも分けてくれる。それには数々のトリックと素直さが必要だったのでしょう。

 ここからは永遠に歳をとらないヒロさんの声を事あるごとに聴くだろう。

 肉体が無いということは、常に傍に居るとも捉えることができる。その声を自らにとって都合の良いものにしたくないし、過剰に厳しくもしたくない。そのために、片付けたり、出しては並べたり、一度埋めて又掘り返したり、常に身体と道具に向き合って、そこから引き出してゆく作業をしごととして、不断に繰り返してゆくより他に無いことを身をもって伝えてくれた。

2017.4.28 橋本洋輔

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